遺体管理学

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疥癬症


遺体の皮膚からの感染



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疥 癬 症

 疥癬は疥癬虫(Sarcoptes scabiei)により引き起こされるヒトからヒトの感染症であり、
ヒゼンダニが角質層に寄生することにより発生します。
国内では高齢者施設での集団発生が見られ、健常者への感染リスクは少ないのですが免疫系の低下した易日和見感染状態
では感染は成立しますが、通常疥癬では感染性は弱く角化型疥癬では感染性が強いとされています。
 (角化型疥癬 ⇒ ノルウェー疥癬症では落屑からの感染があるので、媒介感染はあり)

 基本感染経路はヒトの皮膚対皮膚の接触であり、患者さんから患者さん、患者さんから医療・福祉従事者の感染が成立します。
(新築直後の施設に集団感染が多い ⇒ 生コンが乾燥するのには 6 〜 12ヶ月必要)
すなわち、遺体からヒトへの感染経路及び感染の成立は特異的です。

 ご遺体の処置においては「ゴム手袋」の着用で、感染経路のほとんどは遮断されます
衣類や寝具に付着したヒゼンダニによる2次感染はゼロではありませんが、人体の温度や適度の湿度がなければ生存困難で
あり2〜3時間で死亡すると言われています。 (生体の体温が至適温度)

 その反面、高温多湿場所(浴室等)では 10 〜 14日間生存との報告もあります。
また、低温や低湿度度環境下では生活が困難であり、環境温度が25℃以下では行動鈍化、16℃以下では活動が困難となるために
遺体のクーリングを行うことで感染リスクは更に低下します。
特に、「アルミシート・クーリング」を行うことで遺体角質層下と寝具や衣類のヒゼンダニの活動が停止し死期を早める効果があり
感染防止には大きな効果があります。

 角質層内寄生のために標準のエンバーミングではヒゼンダニ駆虫効果はほとんどなく、湯灌でも除去は出来ません
最も効果的な方法は、「遺体専用冷蔵庫または冷凍庫」での保管ですが、ドライアイスや蓄冷材でのクーリングで
感染成立は阻止できます。 (極低温療法機器での一時的効果はあり)

 経験のある看護師や福祉従事者であれば「疥癬トンネル」も視認は可能であり、死亡前の確認は難しくありません。
消毒用アルコールで患部を濡らした後に自然乾燥すると、疥癬トンネル(水尾)を視認できます。(老眼では厳しい)
しかし、臨床経験のない者であれば「疥癬トンネル」に気が付かない場合が多いと思いますので、遺体に寄生する
ヒゼンダニ自体の対策も重要です。  (患者さんを16℃以下にすることはできないが、遺体では簡単にできる)

 腐敗防止や感染抑制目的の遺体クーリングの基本は「深部体温低下」ですが、疥癬症に関しては「表皮体温低下」であり、
I−5型遺体のクーリングと同じ方法が有効です。 (胸腹部局所でなく全身)
胸腹部クーリングでの「アルミシート・クーリング法」は遺体表皮温度も急速に下げられます。

 ヒゼンダニは25℃、湿度90%で3日間生存、湿度30%で2日間生存し乾燥には極度に弱いのですが、消毒薬では
効果はありません。(消毒薬で清拭をしても効果はないが、アルコールの脱水効果はあるが期待は難しい)
高温多湿環境(入浴施設や浴室等)では2週間程度生存の文献もありますが、50℃以上の環境では速やかに死滅(10分)します。
寝具や衣類では、「3〜14日間生存」(感染リスクは低いが)と言われており、この期間内の寝具や衣類(肌着)との直接接触は
感染の可能性を否定することはできません。(遺品処理業者が疥癬遺体の布団を素手で運んでいるが、無知ゆえの愚行でもある)
葬儀業界では、「遺品回収業者」と「在宅死」でのノルウェー型感染のリスクがあります。

 疥癬症の多くは「手指や手」に生じるために、この部位を注意深く観察すること(特に在宅死)も重要です。
白いシーツの上では「落屑」の認知が困難であり、「黒い紙やガムテープ」を使用して落屑を確認をしますが、アトピーや乾燥に
よる落屑との識別が重要であり、最終的には「疥癬トンネル」で判断をします。(KOH法での鏡検で確定)
ダーモスコピー検査は有効ですが、皮膚科医以外では不可能と思われ現実的ではありません。

 室内や棺内、棺用寝具には「ペルメトリン水性乳剤」を噴霧します。(一般的には、ここまでの必要性はない)
商品名としては、「金鳥エクスミン乳剤(水性乳剤)」等があります。 (金鳥ULV乳剤E 水溶性乳剤 第2類医薬品
低刺激性、安全性を優先すると、「フェノトリン系薬剤」の使用が最適です。
病歴や診断が付いている場合は事前の対応も可能ですが、在宅死や変死の場合でノルウェー型に遭遇するとお手上げです。
手や足であれば「ビニール袋を被せる」ことを推奨します。(落屑とヒゼンダニ拡散防止策 ノルウェー型は凄い)

 独居者やホームレスの変死遺体を安置する機会が多い警察署の霊安室の多くは、地下や別棟の通気が悪く湿度が高い場所、
太陽光の入らない場所が多い上に、医学的に適切な洗浄や消毒が行われておらず、シラミやダニに対する対策も
行われていないために、有効な薬剤の使用を推奨します。

 通常疥癬であれば、素手であっても短時間触れた程度では感染しないと考えられており、「過度の対応」は必要ありません。
しかし、医療機関で十分に管理された状況下での死亡事案と異なり、独居高齢者の在宅死やホームレス、変死体では「医療従事者が
想像もできない遺体や状況」があり、後発部位のトンネルや結節、丘疹を認める場合は「疑いを持って対応するべき」と言えます。
私自身は今までに4万人弱の遺体を担当して来ましたが、天疱瘡遺体は1事案しかありません。
この当時は検死での「ゴム手袋使用は禁止されており」、素手で水泡が多発する遺体に対応しました。
病歴で「天疱瘡の診断」が出ていたためにやや安心して素手対応をしましたが、医療情報がなければ「絶対に躊躇する遺体」です。

 正しい医学知識があれば問題とならない事案でも、知識のない人達により「誤解や風評は広まります」
そのために、院内で死亡された疥癬症遺体に対しても退院時に、「衣類は清潔な物に交換、クーリングの実施、可能であれば薬剤塗布」を
行い葬儀業者(医学知識はない)に引き渡して下さい。
葬儀業者に対して「疥癬がある」等の余計なことは言う必要はなく(無知ゆえに大騒ぎになる)、適切な死亡退院対応をすれば良いのです。

 今から10年以上前に、「湯灌業者が疥癬遺体(通常型)の湯灌を断る事件」がありました。
遺体から遺体、遺体からヒトへの感染は微生物ではほとんどなく(解剖従事者等の結核病巣部濃厚感染はある)、医動物ではあり得ます。
しかし、遺体から遺体への感染が成立したとしても「発病も発症もしません」(遺体はすでに死亡しており、発病や発症は生活反応)
そのために、湯灌で次の遺体にヒゼンダニが移る可能性はゼロではありませんが、疥癬現象は生じても疥癬症にはなりません。

 一方で、湯灌従事スタッフは「素手」で遺体に接する場合が多くあり(葬儀業者は素手で遺体に対応することを売りにしている部分がある)、
通常型の疥癬であっても「職員に対する感染リスクはゼロではありません」。
統計的には年間で8〜15万人の疥癬症患者が発生しており、高齢化により疥癬が減ることはないと思います。(韓国では急激に増加)
そのために、最低でも年間に1万人以上の「疥癬症状または既往歴を有する遺体」が発生していると考えることが妥当であり、
これらの遺体は何らかの形で葬儀が行われ葬儀業者が対応をしたはずであり、その内のある程度は湯灌等の処置を受けたと思われます。
しかし、未だかって「葬儀従事者の疥癬感染」を聞いたことがありません。(統計学的には起こっても不思議ではない)

 ヒゼンダニ自体のサイクルは他の医動物と異なり「真寄生」(一生をヒトの角質層下で暮らす)であり、一時的な寝具や衣類等による
伝搬があっても、日本住血吸虫の様な中間宿主の駆除や環境対策は意味がありません。
しかし、疥癬遺体、特にノルウェー型の遺体では使用した寝具や衣類にはヒゼンダニが落屑と共に付着しており、文献によると
「3〜14日間は間接伝搬あり」と考えられることも考慮は必要です。(50℃以上での洗濯は現実的ではない)

 通常型疥癬では感染の成立が難しく、医療機関や福祉機関での死亡では「死後対応」の実施により発生が抑制されているためと
考えられます。
福祉施設や老人施設等での疥癬症集団感染は「ノルウェー型が多い」とされており、こちらに関しては「遺体からヒトへの感染は成立容易」な
部分があり、対応策を考えて講じる必要があります。
高齢者では皮膚の乾燥や新陳代謝低下等の原因もあり、病的ではなくとも落屑(白い粉状)が見られます。

 そのために、高齢者が死亡した場合には「湯灌を希望する家族も少なくなく」、生理的な落屑なのか病的な落屑なのかを見極める
必要がありますが、これは臨床経験がなければ難しい部分があります。
ただし、ノルウェー型は「特徴的な変化や症状が見られ分かりやすい」ために、初期からの対応は可能です。

 昭和の時代に学校で医動物学を学びましたが、有鉤顎口虫、日本住血吸虫や肝吸虫、肝包虫(北海道の風土病)は教わりましたが、
生命に影響のない(少ない)ヒゼンダニやケジラミに関しては、医動物学の中では触れられませんでした。
しかし、検死現場では「嫌というほどヒゼンダニやケジラミに遭遇」しており、学校で教わったワーム系医動物への遭遇は僅かでした。

 特に在宅死やホームレス遺体では節足動物系遺体が多くみられ、暗い自宅居室や所轄署霊安室では疥癬トンネルや落屑の判断は
困難でしたが、経験的に「あると考えて対応」をしていたために、素手で検死業務(当時はゴム手禁止だった)を行って来ましたが
私が感染することはありませんでした。(現場では、素手でなければ遺体の温度や皮膚感が分からないとされ怒られた時代)
そのために、腐敗していても血だらけでも「素手で遺体を取り扱う事が正しい」とされた間違った考えが絶対であり、法医学の者達には
常識でも、私の様に臨床系から来た者には「血液を素手で触れる」ことは相当な覚悟が必要でした。

 全身にケジラミが寄生した遺体でも「冷蔵庫で冷やす」とケジラミは、遺体表面で最後まで温度を保つ遺体背面や寝具に移り、
遺体表面前部や顔(頭髪)からケジラミが居なくなります。(至適または生存環境下へ移動する)
ヒゼンダニの行動はケジラミよりも遅いと思われ、この様な避難行動は見られない可能性があり、ノルウェー型疥癬遺体を冷蔵しても
角質下移動が活発化するとは考えられません。

 医師や看護師も学校で疥癬症に関する教育は受けたかも知れませんが遺体は「すでに死亡しており」、疾病としての疥癬症対策ではなく
遺体と寝具や衣類に対する「公衆衛生的なペスト・コントロール」を考える必要性があります。